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記事 習近平「歴史決議」――鄧小平を否定矮小化した「からくり」

習近平「歴史決議」――鄧小平を否定矮小化した「からくり」

習近平「歴史決議」――鄧小平を否定矮小化した「からくり」
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◆100年の歴史の中での各指導者の位置づけ

<11月11日に公表された第19回党大会六中全会公報によれば、習近平は「歴史決議」の採択に向けた講話の中で、中国共産党建党100年の歴史を、まずは大きく以下のように位置付けている。(

改革開放を絶えず深化させ、貧困との戦いを計画通りに勝ち抜き、民生保障を効果的に改善し、社会の大局的安定を維持し、国防と軍隊の現在化を着実に進めてきた。

党史に関する学習教育を堅実で効果的に行い、多くの深刻な自然災害を克服するなど、さまざまな事業で重要な新しい成果を上げた。 (引用ここまで)

新征程(新たな遠征の道程)に踏み出すよう激励した。(引用ここまで)

1.改革開放は実際上、習仲勲が当時の華国鋒(中共中央主席、中央軍事委員会出席、国務院総理)とともに広東省深圳市で「経済特区」を唱えて始まったものだが、それを鄧小平が思いついたように置き換えてしまったものだ。しかし鄧小平が改革開放を唱えたという概念は固定化されてしまっているので、それを覆すことなく、父・習仲勲が手を付けた改革開放を深化させ、鄧小平が先富論によって招いた貧富の格差(=鄧小平の負の遺産)を無くす方向に動いたことを暗示している。

2.国防と軍隊の現代化は、11月13日のコラム<習近平「歴史決議」の神髄「これまで解決できなかった難題」とは?>で書いたように、軍部における腐敗撲滅を実行しなければ実現不可能だったので、暗に腐敗撲滅に動くどころか、腐敗を招いた鄧小平を批判している

3.最も明確なのは「党史に関する学習教育を堅実で効果的に行い」という部分だ。鄧小平は、拙著『習近平「党史」を直視することを回避した。鄧小平時代、「長征」も「西北革命根拠地」もタブー視され、中華人民共和国が如何にして誕生したかということを含めて、語ってはならないことのように位置付けられてきた。

それを徹底的に覆そうとしている現象の一つが「党史に関する学習教育」なのである。

4.その意味で「長征」を正視することの意味合いは大きく、「習近平新時代の思想」を、「新たな長征」への試みであるとして「新征程」と位置付けている。これは即ち、「毛沢東の長征」「習近平の新征程」を同等あるいはそれ以上に置いて、世界のトップを目指す決意を表している。

◆「難題を解決した」とすること自体が「最大の鄧小平批判」

<11月13日のコラム<習近平「歴史決議」の神髄「これまで解決できなかった難題」とは?>に書いたように、まだ公報段階ではあるが、そもそも「歴史決議」に、「長きにわたって解決したいと思ってきたが解決できなかった難題を解決した」ということが盛り込まれていること自体が、最大の鄧小平批判なのである。

<1989年6月4日に起きた天安門事件で若者が叫んだのは主として「民主」ではあるが、同時に党幹部の汚職、すなわち「腐敗」も批判の対象となっていた。しかし鄧小平は党や政府を糾弾する若者たちの叫びを武力によって鎮圧し、「腐敗」を黙認している。

習近平の「復習の形」なのである。

習近平「歴史決議」――鄧小平を否定矮小化した「からくり」

◆鄧小平を希薄化した、笑ってしまうような六中全会公報の「からくり」

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